ツマグロヒョウモンが激増した理由の解明


                                 杉坂 美典・杉坂 梢

1.はじめに
  ツマグロヒョウモンは,以前は岡崎市内の桑谷山や小美などでわずかの記録がある程  度であった。しかし,ここ数年間は,5月下旬から12月上旬にかけて市内の各所で非  常に多くの個体を観察できるようになった。そこで,その理由を解明することにした。
2.ツマグロヒョウモンの1980年代における日本全体での分布状況
(資料1)ツマグロヒョウモンの1980年代での分布状況  (出典 改訂増補 「日本産蝶類大図鑑」 藤岡知夫 著)  ツマグロヒョウモンは,南方系の蝶で,沖縄,九州,四国,中国,近畿地方などに広く 分布し,東海地方では,三重県,愛知県の東部,静岡県の平野部に分布していた。  現在では,中部地方,関東地方の平野部にまで広く分布している。 3.ツマグロヒョウモンの現在における岡崎市での分布状況
(資料2) ツマグロヒョウモンの岡崎市での分布図
 市内では,平野部を主体に,ほぼ全域に渡って分布している。特に,公園や雑木林の周 辺には多い。
4.研究の仮説    下記の3点の理由によって,ツマグロヒョウモンが多産するようになったと仮説を立  てた。 (1)以前から本種が発生し,連続して越冬できている紀伊半島や静岡県などの産地から,   その周辺地域が温暖化し,食草が栽培されるようになったことによって,徐々に本種   の分布が拡大し,ついに岡崎市にまで本種が飛来するようになった。 (2)岡崎市の冬季の最低気温が上昇し,岡崎市でも幼虫が越冬できるようになった。 (3)岡崎市でも各所で食草のスミレ類が栽培されるようになり,越冬できた幼虫が必要   とするエサの供給があるため,初夏から晩秋にかけて多数の個体が発生するようにな   った。  5.気温に関するの資料の収集    岡崎市における12月から3月までの毎日の最低気温を1978年から1999年ま  での22年間について,岡崎市立図書館,および名古屋地方気象台に出かけて調べた。 6.調査結果    岡崎市の冬季の最低気温を集計すると下記の資料3のようになった。
年度
’78
’79
’80
’81
’82
’83
’84
’85
’86
’87
’88
−3℃以下−4℃未満
の日数
14
16
24
25
18
33
15
29
−4℃以下−5℃未満
の日数
10
14
14
17
−5℃以下〜     
の日数
年度
’89
’90
’91
’92
’93
’94
’95
’96
’97
’98
’99
−3℃以下−4℃未満
の日数
10
25
14
16
15
−4℃以下−5℃未満
の日数
10
−5℃以下〜     
の日数
(資料3) 岡崎市の冬季の最低気温が−3℃〜−5℃を下回った日数
(資料4) 岡崎市の冬季の最低気温が−3℃〜−5℃を下回った日数のグラフ
年度
’78
’79
’80
’81
’82
’83
’84
’85
’86
’87
’88
ツマグロヒョウモン
の記録数
年度
’89
’90
’91
’92
’93
’94
’95
’96
’97
’98
’99
ツマグロヒョウモン
の記録数
15
123
116
(資料5) 岡崎市における年別のツマグロヒョウモンの記録数
7.考察  ・ 1986年から94年までの暖冬によって,紀伊半島や静岡県などの暖かい地方に   生息していた本種は,分布域を北上したものと考えられる。  ・ 1994年に岡崎市で1頭が採集されたが,他にも少ないながら市内に生息してい   たと考えられる。  ・ 1995年の夏期には,市内で数頭の個体が採集され,前年に越冬した個体からか   なりの数の個体が発生したと思われる。  ・ 1995年の12月から1996年の3月にかけて寒い日が続き,前年の夏期に発   生した個体の多くは死滅したと考えられる。しかし,わずかの個体は,越冬できたと   思われ,1996年には,1頭の本種が採集された。  ・ 1996年は,−3℃以下の日数は1986年以前とあまり変化はないが,−4度   以下の日数は,1986年から1994年までの暖冬の期間と変わりなく,1997   年の夏期に15頭が記録されたことを考えると,本種の越冬可能な最低気温は,−4   ℃を境界にしているように思える。  ・ 1998年,99年は,−4℃以下の日数は,暖冬期と大差さく,多数の個体が発   生するようになった。  ・ 本種の食草は,自然状態で分布しているスミレ類を主な食草としているが,観葉植   物として栽培されているビオラ,パンジーなどのスミレ類も好んで食することから,   市内の各所で発生が見られるようになった。 8.おわりに    2000年も岡崎市にツマグロヒョウモンは多産した。私が勤める岡崎市立井田小学  校の校庭の花壇には、ほぼ毎日、数頭の個体が飛来していた。そして、花壇に植えるた  めのビオラの若葉に次から次へと産卵を繰り返している本種の雌を見ていると,今から  ちょうど30年前に,沖縄で初めて見た本種の産卵の光景が想起され,岡崎市でこの光  景が見られることに感動をおぼえた。   地球の温暖化が,このような形で現れていることを喜んでよいのか,環境の悪化の現  状として悲しむべきことなのか複雑な気持ちである。しかし,昆虫愛好家として,20  世紀末から21世紀元年の最低気温が余り下がらず,21世紀の夏も本種が自由に飛び  回っている姿を見たいという気持ちでいっぱいである。



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