ギフチョウを屋内・屋外で飼育する方法 (2023年 改訂版)

岡崎市動植物調査員  杉坂 美典.........

T はじめに
 ギフチョウは,関東地方以西の里山で見られるチョウで,春の女神と呼ばれている。食草のカンアオイ類は,背の低い植物で日光が適度に届かないと生育できない。昭和の時代は人が燃料として木を活用し,適度に伐採することによって地面に日光が届き,カンアオイ類が育ってきた。しかし,人が里山を管理しなくなり,木々が育ち過ぎることによってカンアオイ類が減少し,各地のギフチョウも激減している。
 現在,岡崎市では,東部の丘陵地のみにギフチョウが生息しており,2010年2月1日付けで岡崎市自然環境保全条例に基づく「指定希少野生動植物種」の指定を受け,法律的に保護されることになった。つまり,本種(卵から成虫までの全ステージ)の捕獲や殺傷は,池金町にある北山湿地だけでなく市内の全ての場所において禁止され,勧告や命令に従わない違反者には罰金刑が科せられることになった。

写真 1  ヒメカンアオイの保護柵

 かつて,北山湿地はギフチョウの最大の生息地であった。北山湿地の駐車場を拡大する際は,そこに生えていたヒメカンアオイを水害に合わない日当たりの良い場所に移植したり,周辺にシカ対策の保護柵(写真1)を設置したりしてヒメカンアオイの保護に努めた。2011年4月のギフチョウの卵の一斉調査では,北山湿地全体で1652卵を確認できた。
 2011年の夏,岡崎市では連続した豪雨災害が発生した。北山湿地のヒメカンアオイの移植地は影響がなかったものの,湿地全体では表土が流されたためヒメカンアオイも流出した。
 ヒメカンアオイの減少に伴いギフチョウも激減した。2014年から2019年は,北山湿地での産卵数調査では平均200卵前後しか見つからなかった。2020年3月の異常気象の影響か,4月11日の一斉調査で確認できたのは11卵のみであった。そこで,2020年4月15日,自然飼育ケージを設置して積極的な保護活動を開始し,2021年の調査では248卵を確認することができ,2022年は,250卵をを確認することができた。
 通常,自然状態では卵が成虫になれる確率は5%前後と言われている。その理由は,幼虫がアリ,カエル,カナヘビ,ダニ,ハチ,クモ,ネズミ,鳥などの天敵に捕食されたり,餌のカンアオイ類にたどりつ着けずに餓死したりすることが多いからである。さらに蛹の期間が約10ヶ月間もあり,その間に捕食されたり,水分不足になったり,雨水に流されたり,踏みつぶされたりするからである。
 私は1966年に初めてギフチョウの飼育を行い,それ以降,日本の各地のギフチョウを飼育してきた。数々の失敗を経験し,現在では入手した卵のほとんどを蛹にすることができ,その多くを羽化させることができるようになった。そこで現在では,その飼育技術を活用して北山湿地内で自然飼育を行い,ギフチョウの復活を試みている。
 日本の各地で減少しているギフチョウを保全するために,近年では屋内や屋外で飼育を試みる方々が増えてきた。しかし,卵を保護しても羽化までたどり着けなかった例をいくつか確認した。そこで北山湿地での自然飼育の経緯を報告するとともに,ギフチョウを成虫まで飼育するためのポイントをまとめることにした。

U 飼育で大切なこと
1 産卵された葉を枯れないように水分の補給をすること
 <理由>
 母蝶が産卵したヒメカンアオイの葉は,ヒメカンアオイの株を守るために卵のある葉だけを摘み取る必要がある。その際は,茎の部分をできる限り長くなるように採取すると後の作業が行いやすくなる。
 ヒメカンアオイの裏面に産卵される卵の数は,通常4卵から12卵程度で9卵前後が多い。卵から孵化した幼虫は,まず卵の殻を食べ,その後,集団で活動し寝る場所と食事する場所を行ったり来たりし,最初に産み付けられた葉を食べ尽くすまでは,その葉から他の葉には移動しないことが多い。つまり,飼育の第一段階で重要なことは,最初に産み付けられた葉が枯れないようにすることである。

 <対策> 
 ● 屋内での飼育の場合 
 
 産卵されているヒメカンアオイの葉と産卵されていない葉5枚程度を水切り(写真2)し,それぞれの茎の先端を揃え,輪ゴムを巻いて固定し容器の大きさに合わせてティッシュを巻く(写真3)。容器の壁との間に隙間がないようにして入れ十分に水分を与える(写真4)。巻いたティッシュの上部が水没していない程度まで,水を入れる。これを縦長のプラスチック容器に入れ,上部を水切りネットで覆い,通気性と幼虫の逃走を防ぐ(写真5)。ヒメカンアオイが自立しているため通気性がよく,幼虫の出す糞は落下し衛生的である。2日に1度くらい,スポイドでティッシュに水を与えればよい。この方法は,3齢幼虫になるまではほとんど手がかからない。
 ※ 水切り…切り口を水の中に入れたまま,先端をハサミで切り落とすこと。茎の内部の道管に入り込んだ空気や潰れた道管を水中で切り落とすことによって道管に水分が入りやすくなる。葉を長持ちさせる技術で,華道で用いられている。

写真 2   水切りの様子


写真 3  葉の茎の先端にティッシュを巻いた様子

写真 4  容器に差し込んだ様子

写真 5  縦長のプラスチック容器の上部を水切りネットで覆った様子

 ※ 巻いたティッシュの上に糞が溜まった場合は,茎の部分をつまんでティッシュから外し,新しいティッシュを巻きなおして,再度,セットしてやればよい。

 ● 屋外での飼育の場合
 ギフチョウの卵の着いた葉を飼育ケージ内に移植する際は,その葉が食べ尽くされるまで枯れないようにすることが重要である。 そのためには,ヒメカンアオイに十分な水分を供給することが大切である。
 そこで,牛乳パックを使って,卵の着いたヒメカンアオイを枯れないようにするための容器(写真6)を作った。作り方は簡単で,牛パックの上部を切り,中央に,ヒメカンアオイを植えるための穴を空け,それをさかさまにして,パックの下部を切りとった部分にホッチキスで止めたものである。上の部分は,雨が降った時に水を下部に流し込む役目をする。パックの側面のほぼ中央には,水抜き穴を8個(2つ×4)空け,大量に雨が降った時には,その穴より上には,水がたまらないようにしてある。
 実際に使う場合は,次のようにする。
 卵の着いた葉以外に3枚程度の葉を加えて輪ゴムで巻きつける(写真7)。次に茎のなるべく上の部分に細長くしたティッシュを巻き,牛乳パックの容器の穴に入れる。そして十分な水を容器に流し込んでから,容器をそのまま移植する(写真8)。雨が水分の補給をするので,新鮮な葉の状態を保つことができる。幼虫が2齢になるまでは,これらの葉を食べて成長し,3齢になれば,自ら他の葉に移動して成長する。

写真 6  牛乳パックを使った容器
 ※ 十分に水を入れてから,卵の着いたヒメカンアオイの葉を差し込み,土中に埋め,上部に土を被せる。
 ※ 雨が降れば,上部が漏斗状になっているので,水分の補給ができ,側面に穴が10個あるので,過剰
  な水は,排出することができる。

写真 7  卵の着いた葉を輪ゴムで巻いた様子


写真 8  土中に植えた様子 (2卵塊)

2 天敵に捕食されないようにすること
 <理由>
自然状態でギフチョウが成虫になれる確率が低い原因は,天敵による捕食によるもので,屋内での飼育下では,その危険性はほとんどない。

 <対策>
 ● 屋外での飼育の場合
 アリ,ハチなどの天敵から幼虫を守るには,防虫ネットで飼育地全体を覆う方法以外はない。特にアリは,わずかな隙間からも侵入してしまうため防虫ネット張りには細心の注意が必要である。
 2022年の春は,天敵のリスクを軽減するため2基の飼育ケージを作成した。
 
< 飼育ケージの作成手順 (2基作成)>
@ 角材(4.5×4.5×200cm)で枠組み(高さ43p×幅90cm×長さ120cm程度)を作り,ステンレスワイヤーで上部以外の5面を×型に補強する。
A 飼育ケージの上部以外の5面を0.25mmネットで2重に覆うため,木枠に両面テープを隙間なく貼付する。両面テープの枠に合わせてネットを切り,固着させてから隙間なくガンタッカーで止める。2枚目のネットは,先ほど張ったネットの外側の木枠に両面テープを隙間なく貼付し,それに合わせてネットを切り,固着させてから隙間なくガンタッカーで止める。
B 底面は,防草シートを2重の0.25mmネットの上からガンタッカーで止める。(図1)

C 飼育ケージの上部以外の5面を動物等の被害から守るため,木枠に合わせて亀甲金網を切り,ガンタッカーで止める。
D カンアオイの保護柵内を平に整備し,飼育ケージを置き,ペグで四隅を固定する。
E 飼育ケージに腐葉土を約10cmの厚さで敷きつめ,必要量のカンアオイ(卵数×15枚)を移植する。
F 移植したヒメカンアオイとネットの間には,ギフチョウが蛹化するための蛹化場(厚いボール紙で作った三角柱)とミズゴケを設置する。
G 飼育ケージ全体に十分な水をかける。
H 卵の着いた葉と他の3枚と一緒に輪ゴムで止め,その周りをティッシュで覆ってコップの中に入れ,水を十分に与えてから,コップごと腐葉土に移植する。
I 飼育ケージの上部をステンレスワイヤーで×型に補強し0.25mmネットで覆うため,木枠に両面テープを最大幅で隙間なく貼り付け,そこにネットを固着させてからカッターで最大幅にカットする。そしてネットを隙間なくガンタッカーで止める。(図2)

 2  新自然飼育ケージのイメージ

※ 最大幅にする理由は,食草の追加の作業等が必要になった場合にガンタッカーの歯際でネットを切ればネットを開けることができ,作業終了後は開口部の木枠に両面テープを張り,ガンタッカーでネットを止めればよいからである。
< 飼育ケージの完成 >

写真 9  2重の防虫ネットと防害虫ネット
 枠木の繋ぎ目もアリが入れないように2重の防虫ネットで覆った。

写真 10  底面に貼った防草シート
 ケージの底面は,防虫ネットを貼った上に,さらに防草シートを貼り,土中からの侵入を防いだ。

写真 11  自然飼育ケージの設置
 2022年4月16日,北山湿地のギフチョウの卵の調査が終わった。
 4月17日,ヒメカンアオイがほとんどない場所に産卵された卵をケージ内に移植し,上部も防虫ネットで覆い,害獣用のネットで覆った。この状態で来春の羽化を待つ。


3 幼虫が育つために必要な十分な食草の数を準備すること
 <理由>
 ギフチョウの発生地によって,食べるカンアオイ類の種類が決まっていることが多い。岐阜県では,スズカカンアオイ,ヒメカンアオイ,ウスバサイシン。愛知県犬山市,瀬戸市,豊田市北部では,スズカカンアオイ,ヒメカンアオイ。豊田市南部,岡崎市,静岡県浜松市では,ヒメカンアオイのみを食草としている。以前,蒲郡市の宮路山や五井山のギフチョウ(現在は絶滅)に,スズカカンアオイを与えたことがあったが全く食べなかった。知多半島にはカントウカンアオイが多産するが,それは食草ではないのでギフチョウは分布していない。
 自然界でギフチョウの卵が5%前後しか成虫になれないのは,この食草が不足することも大きな要因となっている。
1頭の幼虫が成虫になるには,10枚以上の葉が必要で,1枚の葉に10卵が産み付けられた場合,それらがすべて成虫になるためには100枚以上の葉が必要になる。例えば,ヒメカンアオイの1株に5枚の葉があったとすれば20株以上が必要ということである。ギフチョウの幼虫は2齢幼虫までは集団で行動し,産卵された株で成長することが可能であるが,3齢幼虫になると,散らばっていくのは食草を探すためである。その探索行動で食草が見つかるかどうかは偶然によるもので,移動中に天敵によって捕食されてしまうことが多く,食草が見つからずに餓死してしまうことも多い。

 <対策>
 ● 屋内での飼育の場合
 飼育に必要な食草の数は,卵の数を最大で15倍すればよい。ヒメカンアオイを採取する場合は,なるべく大きな葉を選び,茎を長く残すようにして採取する。採取した葉は,水分を十分に与えてからビニル袋に入れて密閉し,冷蔵庫の野菜室(5度前後)に入れておく。10日間ほどは新鮮な状態を保つことができるので,必要な時に取り出して与えればよい。
 20卵を育てるためには200枚以上の葉が必要であるが,自然状態でギフチョウが生育している場所からヒメカンアオイを採取することは避けるべきで,その数の確保は容易ではない。

 ● 屋外での飼育の場合
 飼育ケージ内に移植したヒメカンアオイの葉の数から,飼育ケージに入れられる卵の数が決まる。飼育の途中でケージを開けて,不足したヒメカンアオイを移植することは可能であるが,ケージのネットの補修,移植作業による幼虫の圧死等,リスクは大きいので,飼育ケージ内のヒメカンアオイで全ての幼虫が蛹になれるだけの数を移植した方がよい。
 すべての幼虫が蛹になる6月上旬に,飼育ケージ内に若干のヒメカンアオイが残っている状況がよく,ヒメカンアオイが全く無くなっているのは,餌不足のために蛹化できなかった幼虫がいた可能性がある。これを防ぐためには,飼育ケージ内のヒメカンアオイの状況をよく観察し続け,食草が必要ならば追加を続ける。

4 幼虫が感染症にならないようにすること
 <理由>
 自然状態での幼虫の病死は対策が取れないが,屋内での飼育の場合は,感染症にならないように注意することが大切である。

 <対策>
 ● 屋内での飼育の場合
 
@ 飼育容器内の換気を良くし湿気がこもらないようにすること
 初齢と2齢幼虫を飼育する場合は,ヒメカンアオイを数枚まとめて植えた容器が入る縦長の飼育ケースを用いるとよい(写真5参照)。容器の上部は,100円ショップ等で売っている流し台の水切りネットで覆えば換気もよく,餌の取り換えや掃除なども容易に行うことができる。
 3齢幼虫以降は,ヒメカンアオイを1枚ずつ入れるため容器の高さはあまり必要ではない。よって,水切りネットが丁度被さる大きさの容器を用いるとよい(写真12)。

写真 12  横長の容器

A 新鮮な食草と水分を与えること
 健康な幼虫を育てるためには,新鮮な食草を与えること,幼虫に水分を与えることが大切である。新鮮な食草は,冷蔵庫の野菜室(5℃前後)で管理し,幼虫には毎朝1回,霧吹きを使って水分を与え,その量はヒメカンアオイ全体に一様に霧がかかる程度でよい。
B 糞の除去は3齢幼虫以降では毎日行うこと
 初齢と2齢幼虫を飼育する場合(写真8)は,容器に移植されたヒメカンアオイの裏で幼虫が生活しているため,落下して腐敗した糞に幼虫が触れる可能性は少ないが,3齢幼虫以降は,食草の周辺に糞が大量に存在することになる。食草や幼虫に水分を与えるので腐敗する要因になる。
 3齢幼虫以降は,毎朝きれいに掃除した別の容器を準備し,そこに新鮮なヒメカンアオイを1日に必要な量より少し多く入れ,幼虫が着いている葉もしくは幼虫を移すとよい。糞や食べ残しの葉を全て廃棄し,容器全体を洗浄し,よく乾燥させて翌日の作業に利用する。
幼虫を移す場合は無理に引っ張ったりせず,指の腹で幼虫を横に転がすように回すと葉から簡単に離れる。幼虫が葉から落下した場合は優しく摘み上げ,新しい葉の上に乗せてやればよい。
C 病死した幼虫がいた場合は容器を熱湯消毒し,食草を全て新鮮なものに取り換えること
 万一幼虫が死亡した場合は,毎朝行っているのと同様に別の容器に残った幼虫を移し,使っていた容器や瓶を熱湯消毒すると,連続して幼虫が死ぬのを防ぐことができる。

5 蛹化できる場所を準備すること
 <理由>
 終齢幼虫(5齢)になると,毎日1枚以上の葉を食べるようになり,数日すると全く葉を食べなくなる。そして,食草から離れて蛹化する場所を探すようになる。自然状態では,食草からかなり離れた大きな石の隙間,枯れて倒れて草に覆われた木の幹など,外敵から安全に身を守れるような場所を選んで蛹化し,羽化までの約10ヶ月間を過ごす。

 <対策>
 ● 屋内での飼育の場合
 終齢幼虫になった数日後には,蛹化する場所を準備する必要がある。ボール紙を折って三角柱を作り,テープで開かないように固定したものを飼育容器に入れておく(写真13)。幼虫は,その中で前蛹になり翌日には蛹化する。植木鉢の欠片を準備する事例もあるが,この場合,蛹を植木鉢から外す際に傷つけて死なせてしまうこともある。特に,蛹の尾端を傷つけないで外すことは非常に難しい。ボール紙の蛹化場では,テープを外して蛹の周辺のボール紙を切ればよいので,蛹の糸を切る必要がなく,安全で簡単に蛹の管理をすることができる(写真14)。

写真 13  ボール紙の蛹化場


写真 14  管理しやすい蛹

 ● 屋外での飼育の場合
 食草の周辺に枯葉や枯枝を十分に入れて置き,幼虫が蛹化できる場所を予め作っておく(図3)。特に枯葉は重要で,これが蛹への水分の補給を行うため,飼育ケージの中にたっぷりと入れておくことが大切である。なお,ケージに枯葉を入れる際は,天敵が枯れ葉に着いていないか確認する必要があり,市販のミズゴケを使った方が安全である。 
 さらに,幼虫が終齢幼虫になる前に自然飼育ケージの上部を空け,枯れ葉の上に,マスキングテープで補強したボール紙で作った三角柱や円筒形の蛹化場(写真15)を大量に入れ,その上に枯葉をかぶせた。このことによって,次年度からは,卵を植えたカップを埋めることと,天井の防虫ネットの張替えの作業のみで,自然飼育ゲージを継続して使用することができるようになった。

写真 15  蛹化場

6 蛹が乾燥しないように,水分の補給をすること
 <理由>
 蛹は体の表面から水分を補給している。自然状態では,雨が降ることや地面からの水分の供給によって蛹内の水分が保たれている。しかし屋内での飼育下では,人為的に蛹に水をかけ,蛹の周辺が適当な湿気で包まれている環境を保持することが必要である。
 1966年,私は初めてギフチョウの飼育を行い,順調に18頭を蛹まで成長させることができた。しかし,知らなかったが故に蛹に水分をほとんど与えず室内で越冬させてしまい,羽化できたのは3頭のみで,その3頭とも翅を完全には延ばすことができなかった。羽化しなかった他の蛹の殻を外してみると,13頭は蛹の中で死んでおり,生きていた2頭は,蛹の殻が取れると足を動かしたが翅を延ばすことは全くできず翅は小さいままで,薄めた砂糖水を与えたが数日後に死亡した。
 私は勤務していた小学校や中学校で,十数個の蛹を一斉に羽化させ,体のつくりを観察させる授業を100回以上行った。そのために1,000頭以上の蛹を準備し,羽化が近づいたモンシロチョウの蛹を冷蔵することによって羽化する時間をコントロールした。授業を始めた頃は,蛹から成虫はほぼ100%出てくるものの,翅がうまく伸びない個体が時々いた。自然状態では,蛹は雨によって水分を補給しており,飼育環境下では水分が不足していることに気が付かなかったからである。蛹化後も水分の補給をするようにしてからは,羽化不全を起こす個体はほとんどいなくなった。ギフチョウも同じで,蛹化後の水分補給が重要である。

 <対策>
 ● 屋内での飼育の場合
 耐水性のある大きな容器にミズゴケ(ホームセンターで乾燥したものを購入)を十分に敷き詰め,その上に通気性の良い小さな容器を置く。そこにもミズゴケを敷き詰めてから蛹を置き,さらにミズゴケを少々被せ,上部を水切りネットで覆い,その上から水をかけ,大きな容器全体に水分が行き届くようにする(写真16)。

写真 16  蛹への水分補給

 このようにすれば,蛹は周りのミズゴケから水分の補給ができ,呼吸も楽に行うことができる。これを家の中で風通しがよく,直射日光が当たらない安全な場所に置く。水切りネットの上からミズゴケに触れた時に湿気がほんのりと伝わってくるような状態がよい。ミズゴケが乾いてきたと感じたら,小型のじょうろ等でミズゴケ全体にまんべんなく水を与える。容器を置く場所やミズゴケの量にもよるが,2週間に1度くらいの水やりでよい。期間は,6月から12月中旬までである。
12月中旬から翌年の3月下旬までは,蛹を冷蔵庫の野菜室に入れる。フタのできる横長の容器にミズゴケを敷き詰めて蛹を入れ,さらにミズゴケを被せて水分を与え,フタをかぶせてから野菜室の底の隅に置く。野菜室の温度は5℃〜8℃がよく,温度変化がなるべくないようにする。容器の近くに温度計を置いて温度管理し,1週間に1度,空気の入れ替えと水分の確認のために容器のフタを開けるが,短時間で元に戻し温度変化が少ないようにする。

 ● 屋外での飼育の場合
 飼育ケージを設置する場所は,半日陰で近くに水脈があり,適当な水分か補給される場所がよく,豪雨災害に遭わないような場所に設置するとよい。地面から水分が供給され,ギフチョウに食べられたヒメカンアオイの葉が新芽を出して復活するようであれば,よい環境に蛹があると考えてよい。

7 冬期に適度に低温になる環境に蛹を置き,飼育斑が出ないようにすること
 <理由>
 ギフチョウの飼育をすると,前翅のY字斑の前縁部のX字が融合し,O字になる飼育斑が出ることが以前はよくあった(写真17)。原因を調べてみると,冬季に蛹の温度が長期間に渡って下がらないと飼育班が出ることが分かった。つまり,室内では自然の中のように温度が下がらないということが原因であった。似たような現象は植物の世界でも見られ,イチゴ栽培の場合,秋に再収穫するためには苗を一定期間,低温状態にする。冬季のような低温状態にすることが重要なのである。

写真 17  通常斑と飼育斑

 <対策>
 ● 屋内での飼育の場合
 12月中旬から翌年の3月下旬までは,水分を含ませたミズゴケを敷き詰めた容器に蛹を入れ,冷蔵庫の野菜室に入れる。(詳細は上記6の「屋内での飼育の場合」を参照)

 ● 屋外での飼育の場合
 屋外では,通常,飼育班は出ないが,遺伝子の交流のない隔離された発生地で近親交配が進んだ場所では,かなりの確率で出現する。このような場所では,絶滅したオガサワラシジミのように孵化しない卵が増え,やがて絶滅する可能性が高い。

8 蛹から羽化した成虫がぶら下がって翅を延ばすことができる環境を準備すること
 <理由>
 羽化後の成虫は,上へ上へと移動し翅を延ばす場所を探す。ぶら下がって翅を延ばす場所が見つからない場合,翅が伸びても曲がって固まってしまい,羽化不全となり飛ぶことが困難になる。
羽化した直後の成虫は体重に比べて脚力が弱く,ツメがしっかりとかからないような場所ではすぐに落下する。羽化した成虫が容易に登れ,翅を伸ばすことができる環境を準備することが大切である。

 <対策>
 ● 屋内での飼育の場合
 蛹を冬眠用の冷蔵庫から出す前に,羽化場を準備する必要がある。20p×40p×40p程度段ボール箱を準備する。底面は必要ないのでカットし,側面の一部は段ボールの中が見えるように防虫ネットを外側から貼っておく。
 冬季に冷蔵庫で使用した横長の容器の側面は,成虫の爪が滑って登りにくいため,籠状の容器を準備する。ミズゴケを敷き詰め,冬眠した蛹の点検をしながら蛹を置き,ミズゴケを被せて水分を補給した後に,ボール紙を曲げて作った羽化台をミズゴケと容器の間に差し込み,上記の段ボールを被せておく(写真18)。

写真 18  羽化場

 羽化台の形状は曲線にすることが重要で,成虫が先端にぶら下がった際に,真下に翅を伸ばすことができるようにする。
 羽化場に入れた後も水やりは重要で,ミズゴケが乾かないように注意が必要である。
 冷蔵庫から出した蛹から成虫が羽化するまで日数は個体によって様々で,冷蔵庫から出したその日に羽化する個体もあれば,3週間後に羽化する個体もいた。
 羽化した成虫は,歩いて羽化する場所を探し,羽化台に登って翅を伸ばす個体や段ボールの側面を登って上部にまで達して翅を伸ばしたりした。

 ● 屋外での飼育の場合
 飼育ケージの側面を登って上部で羽化する個体が多く(写真19),特別な準備は不要である。

写真 19  自然飼育ケージ内での羽化

9 羽化する時期の調整方法
 <理由>
 室内で飼育し蛹を冷蔵しない場合は,2月下旬から3月上旬には羽化し始めることが多い。この場合,わずかに糖分を含んだ水をティッシュ等に含ませ,そこに成虫を止まらせ餌を与えることができる。しかし,自然の中で蜜源となる植物は,3月中旬に咲き始めるカタクリ,3月下旬に咲き始めるソメイヨシノ,ミツバツツジなどであるので,羽化時期を遅らせて,自然の花の蜜を与えることもできる。

 <対策>
 ● 屋内での飼育の場合
 冬季は蛹を冷蔵することによって飼育斑を出なくするだけではなく,羽化時期を調整することができる。

 ● 屋外での飼育の場合
 飼育ケージでは自然状態であるので,羽化時期は桜の開花時期と一致し,調整する必要はない。例年,羽化は3月下旬から始まり,遅く羽化する個体は4月中旬になるため,飼育ケージの上部のネットは3月中旬にカットして,自由に羽化して飛び立てるようにしておくとよい。飼育ケージの上部のネットは端から水平部分を20p程残してカットし,ケージの外側に開いてネズミ返しのようにした。捕食動物が飼育ケージの壁を登ってきても,侵入を防ぐことができる。また,鳥が飛来して蛹を捕食するのを防ぐために,目立つ黄色の糸を張り,上空からの侵入を妨げた(写真20)

写真 20  開放した自然飼育ケージ


10 自然飼育ケージへの外敵の侵入防止と羽化場所の確保 (※ 屋外での飼育の場合のみ)
 <理由>
 3月中旬に新飼育ケージの上部のネットを除去した際,ケージの横のネットを登り,外敵が侵入する可能性があり,鳥がケージの上部の空間からケージ内に飛来する可能性がある。また,蛹から羽化した成虫が翅を延ばす場所を作る必要がある。

 <対策>
 飼育ケージの上部の害獣用ネットを除去した際,防虫ネットは,四方を5cmほど残してカットする。そうすれば,この水平部分で,成虫が翅を延ばすことができる。その後,牛乳パックを18cm×25cmにカットした板をホッチキスで繋ぎ,脇木にガンタッカーで固定し,ネズミ返しを作る。飼育ケージの上部には,目立つ色の糸を張り,上空からの侵入を妨ぐ。(図3)

図 3  上部を開放し,外敵対策を施した自然飼育ケージ


V おわりに
 ギフチョウは約3,000万年前に中国大陸にいた原種から進化し日本に渡ってきたとされ,日本特産種である。現在では東北地方の西部沿岸地域,関東地方の南西部,中部山岳を除く中部地方,近畿地方,山陰山陽地方に生息しているが,減少の一途をたどっている発生地も少なくない。
 和歌山県では絶滅,三重県では激減し,神奈川県,岡山県では,絶滅危惧T類に指定されており,多くの県で,絶滅危惧U類に指定されている。
 愛知県では,南東部の宮路山,五井山,葦毛湿原に生息していたが,環境の変化,採集圧等によって絶滅した。岡崎市の北東部でもゴルフ場の建設によって絶滅した。
 ギフチョウは,人との関わりが深い里山に生息している。食草のカンアオイ類は周りの木が成長し過ぎて暗くなり過ぎると生育できなくなり,逆に木を伐採され過ぎて山林が明るくなり過ぎても生育できない。里山が人の手によって健全に保たれていることが,ギフチョウの繁栄の鍵となっている。
 私たちは,延々と世代を繋いできたギフチョウをこの21世紀で途絶えさせてしまわないよう,里山の放置林を減らし,木々の適切な伐採により日光を地面に届かせ,カンアオイ類を増やす活動など,里山の自然環境の保全に努めなくてはならない。





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