岡崎市で記録されたギフチョウの分布状況について |
杉坂 美典 |
1 はじめに 春の女神と呼ばれ,愛好者が大変多いギフチョウは,県内の丘陵地に広く分布していたが,自然開発による環境の変化や採集圧などにより,発生地や発生数は激減している。 岡崎市でも同様な状況で,本種の記録が残っている昭和中期から現在においては,その発生地は非常に少なくなっており,全く見られなくなった場所も多い。 そこで,自然開発や蝶マニアによる採集圧による絶滅を防ぐために,岡崎市は,池金町の北山湿地周辺を保護地域に指定し,市の自然共生課の職員の方々や大勢のボランティアの方々の協力を得て,本種の保護活動を行ってきた。 そして,これらのことを考慮し,岡崎市は,市内に生息する貴重な動植物の保護について,2年間に渡って,学識経験者や動植物の研究者,市自然共生課の職員等による協議を重ねてきた。 その結果,岡崎市内に生息するギフチョウは,2010年2月1日付で,岡崎市自然環境保全条例に基づく「指定希少野生動植物種」の指定を受け,法律的に保護されることになった。つまり,本種の捕獲や殺傷は,池金町だけでなく,市内の全ての場所において禁止され,勧告や命令に従わない違反者には,罰金刑が科せられることになった。 このような状況の中で,これまで私は,本種の乱獲を防止するため,岡崎市での記録の公表を控えてきたが,次の2点を考慮し,ここに公表することにした。 (1) 市内の発生地が環境の変化によって激減し,過去に発生した場所を公表しても,本種の保護には大きな影響がないこと。 (2) 現在,多産する池金町・保母町の産地は,新たに市から十数名の監視員・調査員が任命され,数多くの協力者がいて,今後も十分な保護活動が継続される見通しがついたこと。 なお,以下の記録は,個体を採集・目視して雄雌を確認したのもので,採集した個体の多くは,放蝶したことを付け加えておく。 |
2 岡崎市内における本種(成虫)の記録 (年月日 場所 個体数 記録者)
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3 岡崎市内における本種(成虫)の分布図 図1は,上記の記録を岡崎市の地図上にプロットしたものである。記号の意味は,次の通りである。 ●…現在も発生していると思われる地点 ▲…最近は記録がない地点 ×…絶滅,もしくは絶滅したと思われる地点 |
(図1) 岡崎市内におけるギフチョウ(成虫)の分布図 |
4 本種が記録された場所の現状 (1) 池金町・保母町 |
(写真1) 池金町産 |
池金町の北山湿地周辺では,ここ数年間,毎年,100頭前後の成虫が観察できている。斑紋は安定しており,愛知県北部の産地の個体に比べれば,写真1のように,黄色斑や赤色斑が発達している個体が多い。 監視員や調査員,ボランティアの方々によって,保護されており,今後も安定して発生を繰り返すことができる環境が整っている。 |
(2) 蔵次(くらなみ)町 |
(写真2) 蔵次町産 |
(写真3) 池金町産のY字斑 |
(写真4) 蔵次町産のY字斑 |
(写真5) 蔵次町産のY字斑が異常に発達した個体 |
(写真6) 蔵次町産の右前翅が萎縮した個体 |
蔵次町にゴルフ場が作られることになり,その環境調査の実施中に発見された産地である。この産地は他の発生地から隔離されており,写真2・写真5のように,斑紋が異常に崩れている個体群である。 写真3は,池金町産の正常なY字斑の写真であり,写真4は,蔵次町産のY字斑の縦棒が横にずれているものである。 写真5は,黄色斑が異常に発達し,Y字斑の上部がくっついて楕円形になっている。 写真6は,右前翅が委縮している。 これらのように,斑紋や翅形に特徴がある個体も多かったが,発生地の周辺が開発され,ゴルフ場が完成した後,十年間に渡って調査したが,ゴルフ場の西部では,全く見られなくなった。 |
(3) 須渕町 2006年までは,調査に行けば,毎年,数頭の個体を記録できた。しかし,2008年秋の岡崎豪雨によって,発生地の表土が流され,食草のヒメカンアオイが壊滅的な打撃を受けた。2009年の調査では,全く発生していなかった。 |
(4) 秦梨町 秦梨小学校の桜の花に飛来しているのを確認できた。近くの学校林には,ヒメカンアオイが自生しているが,そこでは発生していない。須渕町の発生地から飛来したものだと思われる。 |
(5) 茅原沢町 河合中の西の丘陵地で記録し,他にも数頭の目撃情報を得たが,近年では,全く見られない。 |
(6) 明大寺町
現在は,樹木もほとんどない住宅地になっているが,昭和30年代後半は,自然林で覆われた丘陵地であった。市街地から近い本種の発生地として知られ,近くの岡崎公園にも本種が飛来し,採集されているが,正確な記録は残っていない。 |
(7) 大幡町 岡崎市の東部における本種の分布調査を行った際,1頭だけを確認できた。しかし,それ以降は,全く見つかっていない。 |
(8) 藤川町 1頭が記録されている。しかし,この個体は,近隣に発生地があり,そこから飛来したものか,池金町から飛来したものかは,よく分かっていない。 |
(9) 桑谷山 昭和50年までは,宮路山,五井山一帯に広く分布しており,山続きである桑谷山でも本種は記録された。それ以降,全く記録されていない。 |
(10)本宮山
昭和40年の前半には,山頂付近に分布していた。本種は,山頂に集まる習性があるので,近隣の発生地から飛来したものと思われる。しかし,宮路山や五井山と同様に,昭和50年以降は見つかっていない。 |
5 おわりに 県内の各地に生息していたギフチョウは,様々な原因によって,絶滅の危機に瀕している。その中で岡崎市においては,全国に先駆けて,条例によって本種の保護を行えるようになったことは,大変喜ばしい限りである。しかし,これに油断せず,今後も現地において見守っていかなければならないと思う。 |
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