1. はじめに
クロマダラソテツシジミ(Luthrodes pandava pandava)は,1992年に沖縄県で初記録 (三橋 渡,1992) が出て以来,最近では毎年,日本本土の関東以西に飛来するようになった.
・Luthrodes pandava pandava (Horsfield, [1829]) 名義タイプ亜種
・Luthrodes pandava peripatria (Hsu, 1989) 台湾亜種
日本産の蝶類の中で,本種のように発生が連続して繰り返され,斑紋が発生時期によって大きく変化する種は他に例を見ない.そして,本種は蛹の時の温度によって季節型が生じるが,ツマグロキチョウやキタテハの夏型,秋型のように,明確に違いが線引きできる季節型があるわけではない.個体変異はあるが発生の後期にかけて斑紋は大きく変化していく.そこで,日本本土で記録された名義タイプ亜種について,斑紋の変異がどのように移り変わっていくのか,統計的に解析を行うことにした.
解析は,後翅裏面の6ヶ所の斑紋が確認できる写真について,斑紋の長さと後翅長との比の値を計算し,斑紋長値(※後述)を算出して統計解析を行う.
解析課題は,次の4点である.
(1) 雌雄の違いによる斑紋変異の有無
(2) 発生年度の違いによる斑紋変異の有無
(3) 発生地の違いによる地理的変異の有無
(4) 発生時期の違いによる斑紋変異の解析
2. 測定方法
・線0…尾状突起の付け根と黒線の交点から基部の翅端までの直線の長さ(第2線の延長線)
・線1…前縁の黒斑の中の茶色斑(中央部分)の長さ
・線2…前縁から3番目の斑紋の茶色斑(中央部分)の長さ
・線3…前縁から4番目の斑紋の茶色斑(中央部分)の長さ
・線4…前縁から5番目の斑紋の外縁側にある白色斑(中央部分)の長さ
・線5…尾状突起の近くにある赤褐色斑(中央部分)の長さ
・線6…尾状突起の近くにある黒色斑のみ(中央部分)の長さ
(写真1) 測定する全斑紋がある例 |
(写真2) 赤褐色(線5)がない例 |
(写真1)は,測定する全斑紋がある例で,(写真2)は,赤褐色(線5)がない例である。
後翅が斜めになっていて斑紋に歪が生じている場合は,(写真3)のように,いくつかのアプリケーションを使って正対するように補正した後,計測を行う.
Excel上に書かれた線分は,その高さと幅が小数点以下第2位まで表示されるので,三平方の定理によって斑紋の長さが計算でき,後翅長との比の値を求めることによって,各斑紋の長さを他の個体と比較検証する.(写真4)は,その1例である。
研究を開始する前に事前計測として,同一個体で後翅が正面を向いている写真と,斜めになっている写真を補正した写真を用いて斑紋長値を測定し,その誤差を確認した.予備測定は3回実施し,その誤差は,5%以内に収まることが確認できた。そこで,できる限り数多くの試料を計測して斑紋変異の解析を行うことにし,多くの研究者の協力を得て,多数の写真を入手することができた.
検定には,石居進(1975)による「2試料の分散と比較するためにF-検定法」を用いることにした.つまり,個体数n,測定値X,測定値の平均値から不変分散を算出し,2資料の不変分散の比Fcalを求め,解析する方法である.
このFcalが,有意水準α=0.05より小さい場合は,同じ分散であり,大きければ異なる分散と検定される.
3.斑紋長値の測定結果
解析資料は,杉坂美典(2024)に掲載した愛知県,兵庫県,高知県,千葉県,静岡県,和歌山県,香川県産の600枚以上の写真を対象とし,その中から計測する全ての斑紋を認識できる363頭の写真を選び出した.そして,それぞれについて,斑紋の長さを測定し, (線1〜6)について(表1)のように斑紋長値を算出した.
・斑紋長値(線1〜6)=斑紋値(線1〜6)÷後翅値(線0)×100
(表1) 363頭の個体の(線1〜6)についての斑紋長値
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(表1)のデータを撮影場所,雌雄,撮影年度で分類すると(表2)のようになった.
(表2) 363頭の個体の(線1〜6)についての斑紋長値 |
4.各斑紋(線1〜6)の解析
(1) 雌雄の違いによる斑紋変異の有無
雄と雌によって後翅裏面の斑紋に違いがあるかを調べるには,同一年度の同じ場所で発生した個体で検定を行う必要がある.そこで,斑紋が確認できる個体数が多い2023年度の愛知県のデータを用いて検定を行うことにする.
(グラフ1)(グラフ2)は,(表1)における雄と雌についての愛知県産の2023年度の線1の斑紋長値の分散図である.
このように,線1の分散図を見ても,雄と雌の斑紋は似ていることが分かるが,統計学的に検定をすると,(表3)のような検定結果が得られた.
 雄と雌における線1〜6の検定結果(一部).jpg)
(表3) 雄と雌における線1〜6の検定結果(一部)
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これらの結果をまとめたのが(表4)である.
 雄と雌における線1〜6の検定結果のまとめ.jpg)
(表4) 雄と雌における線1〜6の検定結果のまとめ |
(表4)の検定結果によって,雄と雌では不変分散は等しく,後翅裏面の斑紋には相違がないと結論付けられ,以降の検定では,雄と雌を区別せずに解析を行えることが判明した.
(2) 発生年度の違いによる斑紋変異の有無
発生年度の違いによる斑紋変異の有無を調べるには,同じ場所で発生した個体で検定を行う必要がある.そこで,斑紋が確認できる個体数が多い愛知県の2021年度,2023年度のデータを用いて検定を行った.
愛知県の2021年度と2023年度の線1〜6の斑紋長値の分散を調べた結果が(表5)である
(表5) 発生年度の違いによる線1〜6の検定結果(一部)
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その結果,愛知県の2021年度と2023年度の線1〜6の斑紋長値の分散は等しいという検定結果が出た.
つまり,(表6)の検定結果によって,発生する年度によって後翅裏面の斑紋には違いはないと結論付けられ,以降の検定では,発生年度を区別せずに解析を行えることが判明した.
(表6) 発生年度の違いによる線1〜6の検定結果のまとめ |
(3) 発生地の違いによる斑紋変異の有無
発生地の違いによって後翅裏面の斑紋に違いがあるかを調べるには,愛知県(X)を基準試料とし,対照の試料(y)として,兵庫県,高知県,千葉県の3地点について検定を行い,これらの4地点の分散の関係を調べる必要がある.
それぞれの試料は撮影時期に幅があり,斑紋は,夏季はあまり変化がないが,秋季から冬季にかけては大きく変化するので,対照の試料(y)の撮影時期(表7)に対して,基準資料となる愛知県の撮影時期(X)の撮影最終時期を合わせることによって,相互の検定を行った.
その結果,(表8)のように愛知県と兵庫県の線1〜6の斑紋長値の分散は等しいという解析結果が出た.
(表8) 愛知県と兵庫県の線1〜6の検定結果(一部)
※表8をクリックすると全データを拡大表示 |
その結果をまとめたのが(表9)である。
(表9) 愛知県と兵庫県の線1〜6の検定結果のまとめ |
つまり,愛知県と兵庫県で記録された個体群には,地理的変異がないと結論付けられた.
上記と同様に,高知県,千葉県について検定を行った結果が(表10,11)である.
(表10) 愛知県と高知県の線1〜6の検定結果のまとめ |
(表11) 愛知県と千葉県の線1〜6の検定結果のまとめ |
その結果,愛知県と高知県の線1〜6の斑紋長値の分散は等しく,愛知県と千葉県とも分散は等しいという検定結果が出た.
つまり,各県で発生した個体群には,地理的変異がないと結論付けられた.
したがって,発生時期の違いによる斑紋変異の検定では,雌雄,発生年度,発生地を区別せずに解析を行えることが判明した.
(4) 発生時期の違いによる斑紋変異の解析
@ 線1の斑紋長値と撮影時期の分散図
(グラフ3)は,線1の全データの斑紋長値と撮影時期の分散図である.
(表12)のように,斑紋長値2.30を分散の境界とすると線1の分散をA,Bに2分割することができる.
A 線2の斑紋長値と撮影時期の分散図
(グラフ4)は,線2の全データの斑紋長値と撮影時期の分散図である.
(表13)のように,斑紋長値13.10を分散の境界とすると線2の分散をA,Bに2分割することができる.
B 線3の斑紋長値と撮影時期の分散図
(グラフ5)は,線3の全データの斑紋長値と撮影時期の分散図である.
(表14)のように,斑紋長値12.00を分散の境界とすると線3の分散をA,Bに2分割することができる.
C 線4の斑紋長値と撮影期の分散図
(グラフ6)は,線4の全データの斑紋長値と撮影時期の分散図である.
(表15)のように,斑紋長値10.00を分散の境界とすると線4の分散をA,Bに2分割することができる.
D 線5の斑紋長値と撮影期の分散図
(グラフ7)は,線5の全データの斑紋長値と撮影時期の分散図である.
(表16)のように,斑紋長値1.00と5.80を分散の境界とすると線5の分散をA,B,Cに3分割することができる.
E 線6の斑紋長値と撮影期の分散図
(グラフ8)は,線6の全データの斑紋長値と撮影時期の分散図である.
(表17)のように,斑紋長値4.30と9.00を分散の境界とすると線6の分散をA,B,Cに3分割することができる.
F 季節型の区分
(表12〜17)の区分に従って,全データの斑紋長値を色別に区分し,(表18)に従って分類すると,(表19)のようになり,全体をまとめると(表20)のようになり,(グラフ9)はグラフ化したものである.
(表19) 全363個体の季節型(一部) ※表19をクリックすると全データを拡大表示 |
(表20)と(グラフ9)から,高温期型は9月中旬から10月中旬に多く,中温期型は10月中旬,低温期型は11月上旬,寒冷期型は12月上旬にピークを迎えることが明らかになった。
クロマダラソテツシジミの季節型は,高温期型(写真5),中温期型(写真6),低温期型(写真7),寒冷期型(写真8)の4つに分けられ,(表21)のような特徴があることが判明した。
5. おわりに
今後は,台湾に生息する台湾亜種のデータ収集に努め,台湾亜種と日本に生息する名義タイプ亜種の斑紋変異の統計解析,台湾亜種の日本への拡散状況について調査していく予定である.
なお,この論文を執筆するにあたっては,足立幸子氏,松井慶夫氏,荻野秀一氏,高月陽生氏,安中弘行氏,山本和彦氏,松野光恭氏,関戸裕靖氏,杉浦昌氏,高村葉子氏,村田文彦氏,川田菜穂子氏,伊藤健太郎氏から貴重な写真や情報の提供をしていただけた.文末であるが,ここに感謝の意を表する.
(引用文献)
1)石居 進(1975),生物統計学入門,培風館:161-163
2)三橋 渡(1992),蝶研フィールド 7(12):8-9
3)杉坂美典(2024),日本の蝶 <シジミチョウ科- ヒメシジミ亜科2>,クロマダラソテツシジミ,(2024年8月18日,https://sugisaka.sakura.ne.jp/nihon/nihon-sijimi3.htm#kuromadarasotetu.htm)
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