日本産クロマダラソテツシジミの亜種所属は台湾亜種
Luthrodes pandava peripatria であることの証拠

杉坂 美典
〒444-0915 愛知県岡崎市日名南町18-1,SUGISAKA, Yoshinori

1. 序論
 クロマダラソテツシジミ Luthrodes pandava は,アジアからオセアニアに広く分布するシジミチョウ科の一種であり,ソテツ科植物を食草とする特異な生態を持つ。近年,園芸用ソテツの国際流通に伴い,同種の分布域は急速に拡大している。日本では 1992 年に沖縄島で初めて記録され,その後急速に分布を広げ,本土各地で記録が出ている。
 本種には複数の亜種が記載されており,主に以下の 4 亜種が知られている。
  ・ L. p. pandava(名義タイプ亜種)
  ・ L. p. lanka(スリランカ亜種)
  ・ L. p. vapanda(フィリピン亜種)
  ・ L. p. peripatria(台湾亜種)
 しかし,日本産個体群がどの亜種に属するかについては,これまで明確な結論が得られていなかった。特に,形態的変異が季節や環境により大きく変動すること,また複数の潜在的侵入源が存在することが,亜種判定を困難にしてきた。
 本研究では,日本産クロマダラソテツシジミの亜種所属を明らかにするため,
  (1) ミトコンドリア COI・COUの遺伝解析の研究結果の把握
  (2) 後翅裏面斑紋の形態比較研究結果の把握
  (3) 生物地理学的情報の統合解析
を行い,日本産個体群の起源と亜種分類を総合的に評価した。

2.証拠
(1) 遺伝的証拠
 分析の結果,いくつかの遺伝子のハプロタイプが確認されたが,特に「ハプロタイプa」と呼ばれるハプロタイプが日本本土の個体群で多く見られることが分かった。このハプロタイプaも,台湾に存在するものである。
 日本(沖縄・本土)から得られた COI,COUの各遺伝子配列は,いずれも台湾産 Luthrodes pandava peripatria の配列と完全に一致し,同一クレードを形成した。 遺伝距離(Kimura 2-parameter)においても,日本産と台湾産の距離は 0.0-0.2% と極めて低く,中国本土産 L. p. pandava や東南アジア産 L. p. vapanda との距離(1.5-3.2%)とは明瞭に区別された。 これらの結果は,日本産個体群が台湾産個体群に由来することを示し,近年の移入によって成立したことを強く示唆する。(引用)Li-Wei Wu・Shen-Horn Yen・David C. Lees・Yu-Feng Hsu (2010)
 日本(本州,四国,九州,沖縄)で見つかるクロマダラソテツシジミは,遺伝子レベルで台湾産個体群と非常に一致することが判明した。これにより,日本にいるクロマダラソテツシジミが台湾からやってきたものであることが強く示された。
 遺伝子のデータは,クロマダラソテツシジミが沖縄や九州といった日本の南方地域から,徐々に本州へと分布を広げていったことを示唆している。暖かい気候を利用し,世代を重ねながら北上していったと考えられる。(図1参照)(引用)平井規央・矢後勝也・坂本佳子・石井実(2009),岩野秀俊・畠山吉則(2013)

(図1) 日本本土と沖縄,台湾,中国の亜種の関係
 なお,クロマダラソテツシジミの属名は,以前は Chilades であったが遺伝子解析結果から Luthrodes に変更された。(引用)Gerard Talavera・Vladimir A. Lukhtanov・Naomi E. Pierce・Roger Vila(2013)

(2)形態的証拠
 後翅裏面の 6 斑紋の位置比率および斑紋形状について,試料の分散と比較するためにF-検定法を用い,すべて Fcal<F(0.025)となり,日本本土産は,発生年度が異なっても統計的有意差は認められず,地理的変異も統計的有意差は認められなかった。よって,越冬できた同一発生地から日本本土に拡散している可能性があることが分かった。(引用)杉坂美典(2024)
 さらに,台湾産の個体群と日本本土産の個体群では,後翅裏面の基部にある黒斑の大きさには統計的有意差は認められないことも分かった。(杉坂,未発表)

(3)生物地理学的証拠
 日本における最初の記録(1992年,沖縄)は台湾に最も近い地域であり,当時の気象条件からも台湾からの飛来が最も合理的に説明できる。また,ソテツの流通経路においても台湾・沖縄から日本本土への移入が主要ルートであり,遺伝的結果と一致する。さらに,石垣島での気温条件では越冬できることが証明され,沖縄方面を越冬地として,日本本土に拡散している状況を証明できた。(引用)大津建大・石井 実・鈴木丈詞・上田昇平・平井規央 (2024)

3. 考察
 遺伝・形態・地理の三側面から得られた結果は,日本産クロマダラソテツシジミが台湾産個体群(台湾亜種)と極めて近縁であり,単一起源の移入によって成立したことを強く示している。 特に,複数遺伝子座における台湾産との完全一致は,偶然の一致や複数起源の可能性を排除する決定的証拠である。
 形態的にも,日本産の変異は台湾産の範囲内に収まり(杉坂,未発表),生物地理学的状況は台湾から沖縄に移入した個体群からの自然飛来または人為的移入が最も合理的に説明できる。
 以上より,日本産の個体群を台湾亜種 Luthrodes pandava peripatria と同定することは,遺伝・形態・地理のすべての証拠と整合的である。

4. 結論
 本研究は,日本産クロマダラソテツシジミの亜種所属を明らかにするため,遺伝解析・形態比較・生物地理学的検討を統合的に行った。その結果,日本産個体群は台湾亜種 Luthrodes pandava peripatria と遺伝的・形態的に同一であり,台湾由来の単一起源によって成立したことが強く支持された。
 したがって,日本産クロマダラソテツシジミは台湾亜種 Luthrodes pandava peripatria に分類されるべきである。


(引用文献)
 ・平井規央・矢後勝也・坂本佳子・石井実(2009),Distribution expansion and invasion route of the cycad blue butterfly, Chilades pandava, in Japan)(「クロマダラソテツシジミの日本への分布拡大とその経路」),昆虫DNA研究会ニュースレター 第10号:8-13
 ・Li-Wei Wu・Shen-Horn Yen・David C. Lees・Yu-Feng Hsu (2010),Elucidating genetic signatures of native and introduced populations of the Cycad Blue, Chilades pandava to Taiwan: a threat both to Sago Palm and to native Cycas populations worldwide,Biological Invasions 12(8): 2649-2669
 ・岩野秀俊・畠山吉則 (2013). "関東において発生したソテツの害虫クロマダラソテツシジミの分布拡大の様相と遺伝子解析". 蝶と蛾 64 (2): 50-58
 ・Gerard Talavera・Vladimir A. Lukhtanov・Naomi E. Pierce・Roger Vila(2013),Establishing criteria for higher-level classification using molecular data: the systematics of Polyommatus blue butterflies (Lepidoptera, Lycaenidae),Cladistics, 29:166-192
 ・杉坂美典(2024),「日本産クロマダラソテツシジミの後翅裏面における斑紋変異についての統計解析」,https://sugisaka.sakura.ne.jp/ronbun/2024-kumaso-ronbun-kansei/ron-kumaso-hanmonkaiseki.htm
 ・大津建大・石井 実・鈴木丈詞・上田昇平・平井規央 (2024). "日本におけるクロマダラソテツシジミの定着可能性". 蝶と蛾 75 (2): 71-80




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